検索
 

2018年04月21日

親はなくとも子は育つ?

P2183058.jpg




親はなくとも子は育つと言うが、親は必要。


でも、それは世話をやいてくれる親ではなく、全面的に自分を肯定し、見守ってくれる存在。

それによって生きる安心感と希望が生まれる。
生きるうえで不可欠な、「自尊心」のバックボーンだから。


多くの人は、阿弥陀さまやユダヤの神、観音菩薩なんかを、その本来の教えから歪めて、全面的に自分を肯定し、見守ってくれる偉大なる存在として認識している。

そしてそれこそが、本来、人間が本能的に必要としている「神」であり、宗教に求める究極の癒しである。

だけれども、教義的にそれを実現してくれる宗教など、実はほとんどない。


さらに言えば、求める「神」像は最もか弱い時期を包み込み育ててくれた母性を体現してくれるものだが、先に挙げた神仏は全て、厳密には男性である。

観音菩薩なんかはその典型で、始まりは男性と言われているのに、いつの間にか、女性像あるいは中性的な存在として定着している。

もしも、見守ってくれている「親」として神を教義的に定義し、奉っている宗教があるなら、それは実はかなり人間の希求する本能的本質を突いたものであり、それが母性的なイメージで語られるなら、尚更求められる姿である。

と同時に、それはあまりにも、稀有な存在である。
しかしまた同時に、今まで多くの人がこれまでやって来たように、神仏を本来の教えから歪め、見守ってくれる存在として認識している以上、その稀有さに気づくこともまた、至難の技。

神様を、自分を生み育ててくれた親と同じように思い、それを生涯持ち続けることができるとすれば、人間が本能的に求めるものとして最上のものだと思う。
またこの定義は、自分を生んだ親を知らないとか、虐待されてきたとか、「親を親と思えない」という人にとっても、心の中の「親」の定義の次元を上げて認識できる教えであり、自尊心を持つための究極的な救いだと思う。

そんなもの、どこにあるだろうか?

P3273133.jpg

P3273136.jpg

P3273151.jpg

P3293168.jpg

P3273132.jpg

にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村


posted by わけい at 05:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月19日

人をたすけて我が身たすかる

人をたすけて我が身たすかる
PA092389.jpg




どうにかたすかって貰いたいと、心を尽くすとき、自分自身の心遣いが変わっていくことに気付く。

尽くし切った結果、思うようにたすかって貰えなくても、相手のことが気になり続ける。

そして、気になる人が増えれば増えるほど、この世界が愛おしくなる。

にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村


posted by わけい at 05:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

書初め@2018

今年もどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

KIMG0202.jpg






今年の書初めは、「愚直(ぐちょく)」です。

「涓滴岩を穿つ」という言葉がありますが、自分にできる、何でもないようなことを愚直に積み重ねていくことが、いつか大きく世界を変えると信じて。

にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村


posted by わけい at 15:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月25日

心は揺れて洗われる。

中国は道教の創始者・老子(紀元前6世紀頃) の言葉に
『泥水もそのままにしておけば澄んでくる』
と言います。
禅の精神にも通じるもので、それを否定するつもりは全くありませんが、人生の中ではそれはあくまで1つのツールであって、目的や真の喜びにはならないと思うのです。

PB112510.jpg






人と出会ったり、別れたり、また傷付けたり傷つけられたり、というのが、人生ではたくさん起こります。
思い通りにならないのが苦しみの根元と考えることもできますが、思い通りにならないことを、人と協力し合って解決する喜びにまさるものはありません。
しかし当然、そこには苦しみが生まれます。
頑張れば頑張るほど、心は揺れ動いて、自分の心の中にある泥に気付かされます。東洋的な思想文化を持って生きていると、その事実にまた、苦しむかもしれません。

しかし、本当はそれこそが、大切なのでは無いでしょうか?
掃除をすれば、埃が立ちます。
じっとしていれば、埃は立ちませんが、埃はどんどん増えていきます。

誰かの笑顔や幸せのために頑張って動くとき、それはちょうど掃除をしているのと同じように、心の中に埃が立ちますが、その総量はどんどんと減っていきます。
そんな毎日が辛いとき、禅や祈りの時間を確保して、一旦心を落ち着けることは有益ですが、それが目的になっては、いつまでも心が洗われること、泥やほこりに例えられる心の根源的な苦しみの総量が減少することはありません。

心が強く揺り動かされる苦しみの中にこそ、自分自身の心が洗われる、心の大掃除が始まります。

心を洗う努力は、自分のための苦しみではなく、人の幸せや喜びのために心を使うことから始まり、心を強く揺さぶられる苦しみの中にこそ、本当の助かりがあるはずです。

PB112519.jpg

PB112514.jpg

PB112515.jpg

PB112513.jpg

PB112501.jpg

PB112500.jpg

PB112490.jpg

PB112497.jpg

PB112494.jpg

PB112485.jpg

PB112483.jpg

PB112496.jpg
にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村


posted by わけい at 01:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

青春の思い出を探しに行ったら、今の自分に出会いました。

青春の思い出を探しに行ったら、今の自分に出会いました。
PA072367.jpg




KIMG0127.jpg
さて、話は変わりますが、先日、娘とこんな会話をしました。

娘「始まりがあったら終わりがあるはずや。世界の終わりは、どんなん?」
私「始まりがあっても、終わりがないこともあるよ?」
妻「数は始まりがあるけど終わりは無いでしょ?」
娘「万で終わりやん!」
私「その先も億、兆、京〜不可思議、無量大数って続くよ。しかも数っていうのは、人間が生まれるずっとずっと前からあるし、無量大数の先もずーっと続くんだよ。無量大数までは、人間が名前を付けられただけ。」
娘「えーっ!凄い。。」

子どもに、「無限」という概念を伝えるのは、難しい。。

God is a number you cannot count to.

PA072386.jpg

PA072383.jpg

PA072385.jpg

PA072361.jpg

PA072381.jpg

PA072365.jpg

PA072364.jpg

PA072362.jpg

PA072387.jpg

KIMG0149.jpg

KIMG0129.jpg

KIMG0128.jpg

KIMG0130.jpg
にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村


posted by わけい at 12:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする