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2014年05月31日

幼児に学ぶ語学習得法。

先日、子どもと一緒に歩いていたら、蝶のサナギを見つけました。

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それを観て我が子は、
「サナギになって、何日も何日も眠るのです」
と言いました。

絵本・「はらぺこあおむし」の最後の方の一文ですが、丸暗記してるんですね。

今月初め頃は、鯉のぼりを見つけては
「屋根ヨーリたか〜い♪」
って歌ってました。

ところが一方で、「はらぺこあおむし」など英語版のある絵本を英語で読むと、
「ちが〜う!」
と怒り出します。
英語が理解できないから怒っている訳ではなく、自分の知っている「絵と音の組み合わせではない」ということに、違和感を覚えるからだと思います。

日本語の会話はまだまだ片言程度ですが、語学習得の第一歩は、「丸ごとそのまんまの丸暗記」なんだなぁと思う今日この頃です。


はらぺこあおむし

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posted by わけい at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月15日

「幸せ」=ちょっと足りない「今」を喜び、隣にいる誰かを喜ばせようと努力する日々。

「幸せ」は、今の自分が持っていないものを手に入れて、足りない部分を満たされることによって得られるものではなく、「足りない今」、「満たされていない今」を喜ぶことで得られるものだと思う。

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どんな宗教も「個々人の幸福」と「世界平和」をその目的として説く。
どちらかに重点が偏っている可能性はあるしその手段は様々だけれど、もしこの二つの柱が無いのなら、それは宗教ではない。
そしてこれは、無神論者も含めてあらゆる人がたどり着く「人生の意義」の答えだと思う。

ではまず、「個々人の幸せ」はどうだろう?
お金や時間や社会的地位を手に入れること、あるいは未経験のやりたいことをやってみること、またさらには周囲の人に自分にとって都合が良いように変わって貰うことが幸せだろうか?
そんなはずはないよね?
だってそれは幸せを得る手段ではあるけれど、目的ではないからだ。
だからその全部を手に入れたところで、幸せだと思える人もいれば思えない人もいる。
だけれども、「今」満たされていない中でも、幸せを感じられる。
うん。誰でも。努力と発想次第で。

「足りない今」を喜ぶにはまず、足りない「今」の中で、満たされているところを探す毎日の積み重ねから始まる。
このblogでしょっちゅう書いている、「喜び探しの毎日」だ。
喜び探しの感度が高まれば、たとえ困難に出会っても、挫けず、その中にさえ喜びを見つけられるようになる。

個人の幸福は、わずかこれだけのことで満たされるんじゃないだろうか?

じゃあ、「世界平和」の方はどうだろう?
人類に争いが生まれた悠久の歴史と平行して、この理想は語り続けられているのに、その糸口すら見つけられないのが、今の現実だ。
けれども、どんな立場の人でも、自分の今やっている仕事や行いが、それにほんの僅かでも繋がっていると信じられれば、それだけで少なくても、自分自身の生き甲斐は満たされるし、周囲の人を幸せな気分にして、平和的な絆が育まれるのではないだろうか?
健康だろうが寝たきりだろうが、それには寸分の違いもない。


抽象的なことばかりになってしまうので、具体的なことを書いてみよう。

一昨年、Tさんはほぼ寝たきり状態になった知人Sさんに、「あなたは幸せですよ」と言った。

Sさんはある病気を患い、首が僅かに動くだけで、手足も動かせない事態となってしまった。
絶望感に打ちひしがれたSさんは、
「俺の気持ちは誰にも分からん!もう死んでしまいたい!」
と、家族さえ寄せ付けない。

そんなSさんを見舞ったTさんは、
「あなたは幸せですよ」
と言った。

数年前、Tさんの奥さんは40代の若さで末期ガンを患い、亡くなった。
その奥さんの様子を、TさんはSさんに語り、あらためて
「あなたは幸せなんですよ」
と言った。
この話を聞いたSさんは、
「確かに、Tさんの奥さんと比べれば、自分の不幸は20%でしかないな。」
とつぶやいた。
残りの80%は、とても幸せな状態なのだと思った。

そんな会話が終わった頃、Sさんの親類が病室を訪ねて来た。
Tさんは、
「ほら、あなたを心配して、たくさんの人が見舞ってくれる。やっぱりあなたは幸せじゃないですか。」
その言葉にSさんは、
「確かに、幸せやなぁ」
と微笑んだ。

その後Sさんは、辛いリハビリに懸命に挑んだ。
「俺は治るんや」
そう言って頑張る姿は、周囲の人たちの励みにもなった。

その約一年後、Sさんは亡くなってしまったけれど、最期まで今ある幸せを喜びながら生きる姿は、Sさんの周囲を幸せで勇気に溢れたものにしてくれた。

「『もう死んでしまいたい』と言っていた人が、笑う。それが本当の『陽気ぐらし』って言えるんちゃうかな?」

田舎道を走る車の中でそう語ったTさんの横顔は、自信と誇りに溢れているように、僕には見えた。


個々人の幸せも世界平和も、ちょっと足りない「今」を喜び、そこにある幸せを味わうこと、そして隣にいる誰かを笑顔にさせようと努力することから始まるんじゃないだろうか?
こんな風に考えられれば、日々のストレスは、感謝の種になる。

今週のブログテーマ】今回のテーマ:【「みなさんのストレス解消方法を教えてください!」】


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posted by わけい at 20:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月02日

魔の二歳児対処法(案)〜ツッコミ力〜

娘は今、二歳半を過ぎたところです。
まだまだ解ってないことも多いけれど、何となく、「何をやったら怒られて、何をやったら褒められるのか?は解り、あえてその逆を行こうとする」、『魔の二歳児』と呼ばれる年齢です。

子どもはかわいいんだけど、イライラさせられる言動を連発して親を襲ってきます。
で、子どもを怒鳴りつけた後、グッタリ後悔してしまう。

そんな毎日を何とかできないかなぁっていう、一案です。

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我が家は関西人一家ということもあり、
「全てを理解した上で、わざと親に怒られようとする行動」 = 「全力のボケ担当」
という図式を思い付きました。

だったら、親はそのご希望通り、「ツッコミ担当」になればいい!!

ただ、ストレートにツッコミを入れるのは、怒っているのと何にも変わりません。
やはり、笑いに繋がる「ツッコミ」をするのが「ツッコミ担当」の仕事です。

ちょっとコツをまとめてみます。

◯細かい部分をツッコむ
子ども本人も意図しない部分をツッコんでやると、目を輝かせて喜びます。
(例)食事中、ひと口食べるごとに走り回る子ども。 → 「元気やなぁ、元気すぎて服捲れてるやないかぁ!」 あるいは、 「どこいくの?!迷子になるよ!」 またあるいはあえて本人に考えさせるように、 「よく噛まないと喉詰めるんじゃない?」など。
走り回ることや食事を継続しないことがイケナイコト、叱られることだということを、子どもは充分に理解しているのですから、その点は放っておいても大丈夫!それ以外の点で笑いに変えられそうなところ、本人が理解していなさそうなところをツッコみましょう。

◯周りの人を笑わせるつもりで
細かい部分をツッコむクセを付けてると、周りに人がいる場合、「えっ!そこ?!」ってさらにツッコミを入れてくれる場合が多々有ります。なぜか、その人も嬉しそうです。
どこをツッコめば周りが被せてツッコんでくれるかを考えながら子どもを見ていると、色々冷静になれます。
ツッコミは周りの人を笑わせることができますが、単に怒鳴ることは、周囲も自分自身もイヤな気分になってしまいます。多少スベっても、子どもは全力でボケ続けてくれますから、ちゃんと取り返しはつきます!周りの人に楽しんで貰えるように、頑張ってツッコみましょう。

◯周りに人が居ない場合は「稽古」のつもりで
子どもと二人きりの時は、舞台に立つ前の「稽古」だと考えましょう。
周りに人が居ない時以上に、親は興奮しやすく、また興奮後の後悔もしやすいですが、そこは二人の世界観を作り上げる貴重なチャンスでもあります。
どうツッコめばより多くの人が笑ってくれるのかを考えながらツッコみ続けましょう。

◯何よりも自分自身が楽しむ
そのまんまですね!
自分が楽しめば、大抵の場合、子どもも周囲も楽しんでくれます。
褒める訳でも叱るわけでもなく、ツッコみという手段で心を安定させ、子育てをより楽しみましょう☆

それでもダメな時、怒鳴ってしまって後悔に落ち込んで居る時は、当blogの写真でも観て、心をリフレッシュさせて下さいね♪

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アナーキー・イン・ザ・子供かわいい:“父親に成る"ということ

完璧な親なんていない!―カナダ生まれの子育てテキスト

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posted by わけい at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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