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2015年12月29日

今年一年振り返り。

今週のブログテーマ】今回のテーマ:【「年末年始」】

昨日、餅つきをしました。

餅つきは毎年の恒例ですが、例年は、すべて機械搗きでした。
今年の春に、友人から杵と臼をもらい受け、ひと臼だけですが、初めて杵つきで搗いてみました。

参加人数も、去年と比較すれば二倍程になり、賑やかな餅つきとなりました。
有り難い限りの、年末を過ごさせて頂いています☆

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今年の書初めは、「Give & Give」でした。
To Be Freedom: 書初め@2015 http://tobefreedom.seesaa.net/article/411611293.html

振り返ってみれば、「Give & Give」なんて、とてもとてもそんなどころではなく、貰いっぱなしの一年でしたが、この書初めのお蔭で、「面倒だな」とか「嫌だな」と思うような時はもちろん、度々、些細な煩わさを厭う自分に気づき、「いやいや、そんなことではダメだ」と自分を戒めることもできました。
実際に全うできるかどうかはともかくとして、書初めをして、時々それを振り返るのって大切だなぁと思います。

さぁ、来年の書初めは、何にしようか(^^♪

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posted by わけい at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月25日

「世界は誰かの仕事でできている」って感じながら生きると。。

「世界は誰かの仕事でできている」は、ジョージア缶コーヒーのCMコピーです。







これって、凄いコピーですよね。。
たった一言で、世界を見る目が変わってしまう。。。

今朝起こしてくれた目覚ましも、着ている下着や服も布団も、朝食のパンやコーヒーも、机や椅子、食器やそれを洗うシンク、水道、ガス、カバンや靴も、舗装されたアスファルト、電線やビルやマンション、電車や車、そしてこれを読んでいるケータイやPC、あるいは目には見えないネット回線、、、全部が全部、自分が作ったものではなく、誰かが作ったもの。。

これを感じながら生きるって、結構重い。。

この「世界は誰かの仕事でできている」っていうコピーを目にして、ミクロ経済学でよく引用される「I, Pencil」(Leonard E. Read)を初めて知った時の感動が、たったこの一言で味わえてしまうことに、また感動してしまったのでした。

「I, Pencil」の内容については、吹き替え版の動画が手軽だと思うので、載せておきます。


https://www.youtube.com/watch?v=kYhKwnLmA64
https://www.youtube.com/watch?v=IYO3tOqDISE

文章で読みたい方は、こちらからどうぞ。
われは鉛筆 - himazu archive 2.0 https://sites.google.com/site/himazu/i_pencil
「わたくし、鉛筆」 by Leonard E. Read 完成しました - kurakenyaのつれづれ日記 http://d.hatena.ne.jp/kurakenya/20110127

たった一本の鉛筆も、何でもないように見えて、数えきれない人、資材が関わり合ってできている。。
その中には、自分の仕事が鉛筆になることを知っている人はほとんどいない。
しかも、世界中の文化も宗教も何もかも違う人たちの仕事が、一本の鉛筆に繋がっていく。。

鉛筆一本でさえ、奇跡としか言いようが存在なんだ。。
そしてそこに関わる誰もが、生きるために、身近な誰かの手助けや自然の恵みの恩恵を受けている。

「世界は誰かの仕事でできている」

その「誰か」は、僕も、あなたも。
僕らが世界中の人と、自由に交流すればするほど、世界は良くなって行く。。

to be freedom...

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選択の自由[新装版]―自立社会への挑戦

posted by わけい at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月11日

【ご報告】第二子が生まれました。

今週のブログテーマ】今回のテーマ:【「育児・介護」】

blogではご報告が遅くなってしまいましたが、11月23日に、第二子が生まれました。

写真も随分とアップできていませんでした、っというか、ほとんど写真を撮る機会が持てなかったのですが、先日、ようやく撮影の機会を得ましたので、その際の写真をアップしていきますね☆

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さて、肝心のblogテーマですが、二人目の子どもができて、育児に追われるのはもちろん、厳密にはまだ始まっていませんが、親の介護という問題も、そろそろと見えてきた今日この頃です。

まさに、「ダブルケア」が目前に迫ってきています。。

育児と介護って、やっぱり違うんですよね。

で、ケアする側にとって大事なことは、ストレスをためないこと、できるだけ分担することっていう、ごく当たり前のことなんですが。。。

特に、介護される側になった時のことを考えて、子育てってしなくちゃいけないんだなぁって思っています。

こういう話をすると、「子どもに自分の介護をしてもらおうなんて思わない」って返されることが多いんですが、それって、完全なる「現実逃避」ですよ?

さて、介護虐待を受ける親は、封建的で厳しい親が多いそうです。
そういう子育てを受けてきた人というのは、真面目で、仕事がよくできて、「まさかあの人が!?」って言われるタイプの人が多い。。
でも、完璧主義の介護をしていると、自分を追いつめるし、追いつめられた時、親から受けてきた教育を、親に返してしまう。。
つまりは、封建的で親の立場が強いという環境で育ったということは、既に介護虐待予備軍です。

告白しますが、僕は、まさにそういう人です。
うん、介護虐待予備軍。
間違いなく。

という訳でね、それを予防することを、今から真剣に考えなくちゃならない。

今できることは、子どもの頃からの親への感謝を、可能な限り多く自分の心の中に貯めておくこと。
人間意外と、どんな育てられ方をしたかとか、どんな叱られ方をしたかとか、そんなことは覚えていても、何でもない、さりげない優しさとかはすっかり忘れているものです。
そんな小さな感謝に、今のうちから目を向けて心の中に貯金しておけば、「親の面倒をみなくちゃ」みたいな「義務感」ではなく、「世話になった分の恩返し」という感覚も持てると思うんです。

そう、子育ては、子どもを持つ以上、余程の事情がない限りしなければならない「義務」ではあるけれど、親の介護っていうのは、決して義務じゃない。

そう思うだけで、結構楽にならないですか?

たまには、どう振り返ったって、親に感謝できないっていう人もいるはずで、そういう場合は、逃げればいい。
でも、振り返ってみて、感謝の想いが持てたなら、義務じゃなくて、恩返しのチャンスとして、やっていきたいって感じが良いと思う。

子育ては、それを踏まえて考えれば良いんじゃないかなと。

子どもをしつけなきゃいけないとか、どんな子になって欲しいとかってのは、あまりにもおこがましいんです。
子どもを育てるんじゃなくて、子どもに育ててもらう。子どもと一緒に育っていく。
そういう風に子どもと接することが、子どもへのさりげない優しさにつながるだろうし、「こうしなければならない」とか、「これを教えなければならない」なんてことは、ほとんどないと思うんですよ。
そう考えると、子育てって、子どもを育てるんじゃなくて、子どもへの感謝を数える日々なんじゃないかな?

介護も、子育ても、結局のところ、結論は同じだと思うんですよ。

相手への感謝を数えられるかどうか。
それは、どんな人間関係でも、同じですよね?
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posted by わけい at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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